太閤堤跡と巨椋池干拓田の見学
昨日は、JRふれあいハイキングに参加して ① JR小倉駅 → ② 井川遊歩道 → ③ 小倉のお茶屋街 → ④ 玉露発祥の碑 → ⑤ 巨椋神社・子守神社 → ⑥ 三軒屋 → ⑦ 巨椋干拓田 → ⑧ JR小倉駅 のコース(約1万歩程度)を散策してきました。
① JR小倉駅 前で
宇治市観光ボランティアの方からコース案内を受けています。
② 井川遊歩道で茶畑の説明を受けています。
画面の右側に桜並木が300m程度有って、桜の開花時期の散策も良さそうです。
その後、③ お茶屋街を通り
下の写真の④ 玉露発祥の碑を見学。
1835年に山本嘉兵衛が玉露を発明した由。
上の写真は ⑤ 巨椋神社で古代、巨椋(おぐら)氏の氏神として祀られたとみられている。平安時代末期、藤原氏の影響下、春日神社と称され江戸時代まで続いていた模様だが、その後、巨椋神社と改称。
左の写真は第55代文徳天皇の皇子・惟喬(これたか)親王・縁の子守神社。
上の写真は 蛭子島神社御旅所 昔、蛭子島は水運や漁業に従事する人が住んでおり、「蛭子島千軒」といって遊郭まであってにぎわったという。
上の写真は太閤堤(小倉堤)跡地に建つ民家で昔懐かしい仕舞屋格子。実家の西側の家並みがこんな様子だったことを想い出します。
豊臣秀吉は伏見城を築城すると共に宇治川の流れを伏見城外堀にするべく槇島堤を造る。続いて巨椋池の中を縦断する小倉堤を造り、伏見城下から向島に宇治川を渡る豊後橋(現在の観月橋)を架橋し、堤上を通り伏見と奈良の距離を縮める大和街道を造る。これらの堤を太閤堤という。最近、発掘されて話題になっているのは右岸側の護岸部分で
http://sendo.fc2web.com/flame02/20070908taikoudutumi/taikoudutumi.htm に詳しく掲載されています。
上の2枚の写真は「やさしい宇治の歴史」岡本望 著 から拝借しました。
5月15日からeoblogにおけるYahoo!インタレストマッチ広告の掲載がスタートしたようです。ブロ友の皆様、悪しからず!


























































